日本小動物外科専門医のいる動物病院
脾臓とは、赤血球の破壊と貯蔵、免疫応答、造血、循環などの役割を担っている体内で最大のリンパ器官です。他のリンパ器官と異なり血液循環と直接連絡しているため、血液媒介抗原に対する早期の免疫応答など、生体において重要な役割を果たしています。
脾臓に発生する腫瘍性疾患を総称して脾臓腫瘍といい、特に犬の脾臓の血管肉腫は有名です。
犬の血管肉腫とならんで脾臓の非腫瘍性疾患である血腫や結節性過形成もまた一般的であり、共に高齢犬で発生頻度の高い疾患です。いずれの病変も腹腔内出血などの命に関わる深刻な状態を引き起こすため早期診断と治療が必要です。
脾臓に起こる疾患は大きく腫瘍性疾患と非腫瘍性疾患に分けられます。
腫瘍性疾患が占める割合は犬で約50-60%、猫では37%と報告されています。犬に頻発する血管肉腫は、犬の脾臓腫瘍の約80%を占めます。猫では肥満細胞腫、リンパ肉腫、骨髄増殖性疾患が一般的で、血管肉腫は稀です。
非腫瘍性疾患で一般的な血腫や結節性過形成は合わせて脾臓疾患の20–41%を占めます。その他に脾臓捻転や外傷などがあります。
血管肉腫は犬に最も多い脾臓腫瘍で、血行性に全身の様々な臓器(右心房、肝臓、脳など)に転移しやすく、診断時にはすでに転移している可能性があります。大きく成長した腫瘤は破裂して腹腔内出血を起こす可能性があり、出血により腹腔内への腫瘍細胞の播種が起こることもあります。また、貧血、血小板減少、播種性血管内凝固(DIC)などの血液学的および止血異常を起こすことも知られています。
血管肉腫に対し脾臓摘出を行った症例の生存期間中央値は19-86日であり、脾臓摘出と抗がん剤治療を併用した場合は141-179日と報告されています。
脾臓の非腫瘍性疾患で最も一般的なのが血腫と結節性過形成です。共に腫大して腹腔内臓器を圧迫したり、破裂して腹腔内出血を起こします。
破裂などに伴う深刻な症状を示している場合を除き、非腫瘍性疾患の予後は良好で、症例の多くは外科的治療の後、健康な生活をおくることができます。
脾臓には体全体の10-20%の血液が貯蔵されています。多くの脾臓腫瘍は血液供給が豊富であり、大きく成長した脾臓腫瘍が破裂し腹腔内で大出血を起こすと、急速にショック症状(頻脈、低血圧、毛細血管再充満時間の延長、呼吸促迫など)を示します。
一方、出血のない症例の多くは無気力、脱力、嘔吐、食欲不振などの非特異的な症状を示します。そのため、腫瘍が破裂するまで脾臓の疾患に気づかないこともしばしばあり、他の疾患に対する画像診断や健康診断の際に偶然脾臓腫瘤が発見されることも珍しくありません。
脾臓の腫瘤は腹部超音波検査やX線検査、CT検査で画像診断できます。画像によって腫瘤のサイズや形態などを評価し、腹腔内出血が確認できる場合もあります。しかし画像所見や腫瘤の外貌のみでは腫瘤が腫瘍性疾患であるかどうかや腫瘍の悪性度などは不確かです。
確定診断には病理学的な検査が必要です。術前に細胞診などで診断できる場合もありますが、腫瘍細胞の播種や出血などのリスクもあるため実際には外科的な摘出後に病理診断を行います。外科治療を行う前に、全身の画像検査(X線検査、CT検査、超音波検査)を行い他の臓器に腫瘍の原発巣や転移が認められないかどうかを確認する必要があります。
脾臓疾患に対する一般的な治療法は脾臓の摘出です。脾臓の病変が限局した外傷や捻転など、一部の脾臓を温存可能な場合は脾臓の部分的な切除を行うこともありますが、ほとんど場合脾臓全摘出が適用されます。脾臓は生体において重要な役割を持つ臓器ですが全摘出後には脾臓の機能は肝臓やその他のリンパ節に引き継がれるために、深刻な合併症を起こさないことが知られています。
最も多い合併症が手術中の出血です。術前の血液検査でヘマトクリット値(PCV/HCT)が20%以下あるいはヘモグロビン(Hb)が5-7g/dl以下を示し、腹腔内出血による重度の貧血が疑われる症例では術前に輸血が必要です。当院では複数の患者様にドナー登録のご協力を頂いており、常時輸血を行えるように努力しております。(→供血ボランティアについて)
脾臓は免疫応答の重要な器官であるため高齢動物や免疫不全を生じている動物では特に術後の感染などに注意が必要です。
脾臓は左上腹部で胃と接し解剖学的に関連性を持つため、脾臓摘出後に胃拡張捻転の発生率が増加(5.3倍)するとの報告があります。当院では15kg以上の犬やストレスを感じやすい犬など将来的に胃拡張捻転発症のリスクが高い症例では脾臓摘出と同時に予防的胃腹壁固定術を実施します。