日本小動物外科専門医のいる動物病院
喉頭は複数の筋と軟骨組織から構成される呼吸器官の一部で、喉頭披裂軟骨と声帯ヒダによる声門を形成します。声門は吸気時に左右に広がり空気の流れをスムーズにするほか発声に関わり、嚥下時には閉じて異物吸入(誤嚥)を防止します。
喉頭麻痺は披裂軟骨を外転させる輪状披裂筋やそれを支配する反回神経の障害により披裂軟骨と声帯ヒダが吸気時に完全に、もしくは部分的に外転しない状態を言います。
若齢(1歳未満)で発症し遺伝的な関与が示唆される先天性喉頭麻痺と、中高齢(平均約9歳)で発症する後天性喉頭麻痺が存在します。後天性喉頭麻痺の多くは原因がわからず(特発性)、最近では後天性特発性喉頭麻痺が年とともに緩徐に進行していく多発性神経筋障害の症状のひとつと考えられ高齢性喉頭麻痺多発神経障害症候群(GOLPP: Geriatric-onset laryngeal paralysis polyneuropathy syndrome)と表現されることもあります。他の原因として外傷性や医原性の喉頭の損傷、頸部・胸腔内の腫瘍、内分泌疾患(甲状腺機能低下症、アジソン病)、免疫介在性疾患(重症筋無力症、ポリミオパチー)などが挙げられます。
吸気時に声門が開かないことで軽度から重度の呼吸障害を生じます。初期症状は運動時の喘鳴(strider)、吠え声の変化、飲水・採食時のむせや咳などです。進行すると吸気抵抗の増加による持続的な喘鳴や運動不耐性など、重症では呼吸困難、チアノーゼ、高体温、失神などが起こります。呼吸困難の患者はスムーズに呼吸ができず努力性呼吸を示し、吸気時に特徴的な喘鳴が聞こえます。多くの症例では高温多湿の気候や激しい運動により呼吸負荷が高まることで発症します。
開口が容易かつ喉頭反射が維持される比較的麻酔深度の浅い全身麻酔もしくは鎮静下で喉頭鏡を用いて呼吸時の喉頭の動きを観察し確定診断します。正常では披裂軟骨と声帯ヒダは吸気時に外転し、呼気時には受動的に脱力します。喉頭麻痺患者では披裂軟骨と声帯ヒダが吸気時に外転せず正中に留まる様子が観察できます。
甲状腺機能低下症では血清サイロキシン(T4)や犬甲状腺刺激ホルモン(cTSH)の測定、重症筋無力症ではテンシロンテストなど、原因疾患が疑われる場合各疾患に応じた追加検査が必要です。喉頭麻痺患者は誤嚥性肺炎を併発するリスクが高いため胸部レントゲン画像の評価が必須です。
基礎疾患に対する治療の他には、喉頭麻痺に対する根治的な内科治療は存在しません。無徴候あるいは臨床徴候が軽度な患者では運動制限を行い安静かつストレスのない生活を心掛け、過剰な体重増加を避けることが有益です。
中等度から重度の呼吸障害が認められる場合は外科的治療が推奨されます。治療の目的は食物や唾液の誤嚥を防ぎつつ声門を広げることです。片側性披裂軟骨側方化術は最も一般的に採用されます。その他、喉頭部分切除術(両側声帯ヒダ切除、部分的披裂軟骨切除)、救済措置としての永久気管開口術などの治療選択肢があります。
片側性披裂軟骨側方化術の予後はおおむね良好で90%以上の患者で術後に呼吸困難と運動不耐の改善が認められます。一方で喉頭麻痺の患者は手術を行った後も誤嚥のリスクが高く、手術をした犬の約20%が将来的に呼吸器疾患に関連した原因で死亡するため生涯に渡って注意が必要となります。GOLPPであった場合、術後一定期間はQOLを維持できますが、1 年程度経過すると神経筋疾患、運動失調、筋萎縮、後肢麻痺、前庭障害などの進行性の神経症状が出現する可能性があります。先天性喉頭麻痺は四肢末端のポリニューロパチーによる運動失調や食道拡張症が併発することがあり、さらに進行性であることからも予後不良です。