日本小動物外科専門医のいる動物病院
膝蓋骨は、大腿四頭筋、大腿滑車溝、膝蓋靭帯、脛骨粗面とともに膝関節を構成する、大腿四頭筋腱に付着した卵円形の小さい骨です。膝関節の屈伸運動に伴って大腿骨滑車溝上を移動し、関節の運動を滑らかにします。この膝蓋骨が大腿骨滑車溝から内側に脱臼することを膝蓋骨内方脱臼と呼び、正常な膝関節の動きが障害されます。
トイプードル、ヨークシャーテリア、チワワ、ポメラニアン、パピヨン、マルチーズ、ジャックラッセルテリア、ミニチュアピンシャー、キャバリア、柴犬、コッカースパニエル、パグ、フレンチブルドッグ、ボストンテリア、ブルテリアなどの小型・中型犬での発生が多く、ラブラドールレトリバー、フラットコーテッドレトリバー、秋田犬、シベリアンハスキーなどの大型犬にも起こる疾患です。その多くは遺伝的素因により骨格の成長過程に脱臼を起こしやすい構造になる発達性の疾患と考えられています。
発症時期は個体により異なり、生誕時に脱臼している症例、成長の途中で脱臼が始まりそれが習慣化する症例、成長終了後に発症する症例、老齢になって発症する症例など様々です。
初期症状は、運動時にスキップする、後肢を蹴るなどの症状が時々出るがそれ以外は活発にしている、というようなものです。一時的な脱臼に伴う痛みで鳴き声をあげる、しゃがみ込むなどの他、自分で足を後方に伸ばし、一時的な脱臼を整復しようとする仕草が見られる時期もあります。脱臼した状態では、後肢は内側に捻れてうまく踏ん張ることができず、活発な運動ができなくなります。症状が慢性化すると足を持ち上げて全く使わなくなり、筋肉が萎縮します。
脱臼の方向や重症度は触診により診断できますが、X線検査により骨格の変形や前十字靭帯断裂などの併発疾患を確認し、後肢の歩行異常の原因となりうる股関節疾患、足根関節、神経疾患などの評価をします。
膝蓋骨内方脱臼の重症度は、骨格の変形や脱臼の程度に基づいて4段階に分類されます。
グレード1:通常の生活では膝蓋骨は脱臼していない。検査時に脱臼させることが可能であるが自然と整復される。
グレード2:通常の生活では膝蓋骨は脱臼していない。運動時や検査時に脱臼し、脱臼したままのこともあれば自然と整復される場合もある。
グレード3:膝蓋骨は常に脱臼しているが、検者が整復できる。大腿骨や脛骨の骨格異常が重度にみられるようになる。
グレード4:膝蓋骨は常に脱臼し整復できない。脛骨は内側に60〜90度捻れている。
年齢、グレード、症状などに基づいて治療方針を決定します。若齢の動物や症状がある動物では外科手術が有効で、特に骨格成長期の患者では骨の成長とともに著しい骨格変形が起こるため、早期の外科手術が必要です。多くの動物で時間経過とともにグレードが進行し、その過程で軟骨の損傷、骨格の変形を起こします。また、膝蓋骨が脱臼し膝関節が内方にねじれた不安定な状態では、関節内の靭帯や半月板に無理なストレスがかかり、それらの損傷を併発します。これらの二次的損傷の多くは、膝蓋骨脱臼の整復手術をしても完全に修復することができないため、できるだけ早期の治療が理想的です。
外科手術の目的は、膝蓋骨を大腿骨滑車溝上に安定化させ膝の伸展に重要な四頭筋機構を調節することであり、当院では複数の術式を組み合わせた手術を行います。
成長の初期や中期に膝蓋骨内方脱臼が起こると、脛骨粗面が内方へ変位した状態で骨格が成長する結果、足根関節が前方に向いた状態でも脛骨粗面が内側に位置します。この状態のまま膝蓋骨を正常位に戻すと、それに伴い脛骨が外旋します。膝蓋骨が整復された時に足根関節が前方に向くような位置で脛骨粗面を外側に転位し、その状態で2-3本のピンにより固定します。
正常な膝関節では、関節運動時の膝蓋骨の移動や生理学的圧力によって十分な深さの滑車溝が形成されますが、成長初期や中期に膝蓋骨内方脱臼が起こると、滑車溝の形成が不完全となり、脱臼しやすい状態となります。滑車溝の形成は楔状あるいはブロック片状に骨切りをした後、滑車溝と滑車稜の形態を整えます。
膝蓋骨脱臼が持続すると、膝関節の関節包、大腿四頭筋や縫工筋などの軟部組織は膝蓋骨が脱臼した状態で発達します。脱臼を整復する際、それらの組織の張力のバランスは大きく変化するため、内外側へのバランスを調節し膝蓋骨の整復位置を維持します。ほとんどの症例で内側組織の解放、外側組織の補強を実施します。