日本小動物外科専門医のいる動物病院
頚部椎間板ヘルニアは椎間板ヘルニア全体の約15%を占めます。椎間板ヘルニアは主にハンセンI型とハンセンII型の2つに分類され、ハンセンI型は軟骨変性した髄核が線維輪を破って脊柱管内に逸脱するタイプで、ダックスフンド、フレンチ・ブルドッグ、ビーグルなどの軟骨異栄養性犬種に多発します。一方、ハンセンII型は加齢に伴い徐々に線維輪が変性・膨隆して脊柱管内に突出するタイプで、チワワ、ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、ミニチュア・ピンシャーなどの非軟骨異栄養性犬種に好発します。
椎間板の変性は脊椎の不安定性に関係しており、古くから神経専門医によって研究が進められてきた代表的な脊椎不安定症として大型犬に好発するウォーブラー症候群があります。この病気は脊椎不安定症の病態を理解するためのよいモデル疾患です。中高齢のドーベルマン・ピンシャー、ダルメシアン、ワイマラナーなどに好発する椎間板関連ウォーブラー症候群では、椎間板の変性に伴い脊椎の不安定性が慢性化し、黄色靭帯、背側線維輪、関節包などの軟部組織が肥厚した結果、尾側頸髄の動的圧迫を起こし脊髄が反復的に障害されます。
当院では、以前から小型犬においても同様の病態が存在すると考えており、2000年から2021年の間に治療した頚部椎間板ヘルニアの小型犬307頭のデータを分析し、疫学、画像診断、治療、予後、脊椎不安定症の関連性などをまとめた研究を、2024年に豪州獣医師会の公式ジャーナルAustralian Veterinary Journal誌に報告しました(DOI: 10.1111/avj.13320)。日本で飼育されていることの多い小型犬においても、椎間板の変性に伴い椎間板ヘルニアと脊椎不安定症を併発することがあり、通常の椎間板ヘルニアとは異なる診断・治療が必要です。
当院で治療した307頭のうち、軟骨異栄養性犬種が222頭(72.3%)、非軟骨異栄養性犬種が77頭(25.1%)、雑種犬が8頭(2.6%)でした。軟骨異栄養性犬種で最も多かったのはダックスフンド(114頭)で、その他の犬種はフレンチ・ブルドッグ(26頭)、ビーグル(24頭)、シー・ズー(20頭)、トイ・プードル(19頭)、ペキニーズ(15頭)などでした。非軟骨異栄養性犬種で最も多かったのはチワワ(25頭)で、その他はヨークシャー・テリア(10頭)、ミニチュア・ピンシャー(10頭)、ポメラニアン(10頭)、マルチーズ(7頭)などの犬種でした。
発症年齢の中央値は、軟骨異栄養性犬種が8歳、非軟骨異栄養性犬種が10歳でした。2歳未満での発生は極めて稀ですが、フレンチ・ブルドッグは他の犬種と比べて若い年齢で発症する動物の割合が多く、ペキニーズやトイ・プードルでもその傾向があります。一方、シー・ズーやヨークシャー・テリアでは他の犬種と比べて高齢で発生することが多く、この2犬種の発症年齢中央値はともに11歳でした。
頚部痛、四肢不全麻痺、運動失調、前肢跛行などの症状が急性または慢性に認められます。椎間板ヘルニアは進行性の病気であり、数時間から数日の間に急に悪化することもあれば、数週間から数カ月かけて徐々に悪化することもあります。
最も多い症状は頚部痛で、頚部痛にも様々なパターンがあります。首のこわばり、上目遣い、首周りの筋肉の不随意運動(けいれんと間違いやすい)、動きたがらない、首を触ろうとすると怒る、抱き上げると鳴く、などは頚部痛の特徴です。
脊髄障害が重度になると、不全麻痺や運動失調などの神経症状が現れ、さらに進行すると呼吸筋麻痺による呼吸障害がみられることがあります。これらの症状の程度に応じて重症度を4段階に分類します。
307頭の重症度は、グレード1が85頭、グレード2が119頭、グレード3が98頭、グレード4が5頭でした。
脊髄造影検査、CT検査、MRI検査などの画像検査により確定診断します。それぞれの検査方法には長所と短所があり、鑑別診断リスト、病変部位、緊急性などに応じて最善の検査方法を飼い主様とともに検討します。
小型犬の頚部椎間板ヘルニア発生部位は頭側椎間板(C2-C3椎間〜C4-C5椎間)が多く、307頭の罹患椎間363箇所のうち、頭側椎間板が259箇所、尾側椎間板(C5-C6椎間〜C7-T1椎間)が104箇所でした。この病変分布は犬種により特徴があり、ダックスフンド、フレンチ・ブルドッグ、シー・ズー、トイ・プードル、ポメラニアンでは尾側椎間板に比べて頭側椎間板での発生が有意に増加していました。
椎間板ヘルニアに伴う脊椎不安定症の診断は、通常の脊髄造影検査やMRI検査に加えて、脊椎の動きを変化させたり牽引したりして圧迫病変の変化を評価するDynamic studyを実施する必要があります。Dynamic studyはMRIやCTでも理論上可能ですが、特定の方向にストレスをかけ続けた状態で長時間の撮影を実施しなければならず、脊髄障害を悪化させるリスクがあるため現実的ではありません。307頭のデータでは61頭でDynamic studyを実施し、29頭で脊椎不安定症と診断しました。
トイ・プードル、チワワ、ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、ミニチュア・ピンシャーなどの犬種では複数の椎間板ヘルニアがみられることが多く(全体の16.3%)、責任病変の確定のためにMRI検査後に脊髄造影検査を実施することがあります。
病変部位、脊椎不安定症の有無、過去の手術歴などに基づいて治療方法を決定します。頚部椎間板ヘルニアではほとんどの症例でベントラルスロット術による脊髄減圧を行い、脊椎不安定症を併発している場合には脊椎固定術を併用します。脊椎固定術を必要としたのは307頭中45頭で、チワワ、ヨークシャー・テリア、ミニチュア・ピンシャーなどの非軟骨異栄養性犬種、尾側椎間板の病変などは、脊椎固定術を必要とする可能性が高くなりました。
外科治療を実施した307頭中96.1%で神経症状の改善が認められました。胸腰部椎間板ヘルニアでは手術前の重症度、特に深部痛覚の有無は重要な予後因子ですが、頚部椎間板ヘルニアでは手術前の重症度に関わらず高い回復率が期待できます。